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ビギンでビギン

中井久夫の『徴候、記憶、外傷』(みすず書房)の中に、次のような一節がある。

宇宙像を題材に我々の限界を説明している。以下抜粋(p330)

 

 『私たちは、何かの手段を選んで、それぞれ限界のある図を得ることしかできません。なるほど人間は、さまざまな手段を使うことによって個々の宇宙像を少しずつ超えることができます。しかし、「具体的にして全体的なもの」をついに人間が一望に収めることはできないと思います。全体的であろうとすれば抽象的たらざるをえず、具体的なものは必ず部分的であるというのが、私たち人間の世界認識の限界です。』

 

全体的であろうとすれば抽象的たらざるをえず、具体的なものは必ず部分的であるという表現は私の身体の中心を打ち抜いた。感動したというレベルではなく、打ち抜いてしまったのである。私はしばらく立ち直ることができない“腑抜け”のようになってしまった。宇宙像をたとえに話をされているが、これはぺリオの世界でもまったくその通りなのだ。ぺリオの「具体的にして全体的なもの」はいつになれば見えるようになるんだろうと思いながら、私は今までいろんな方面からぺリオの世界を眺めていた。バイオロジーの方面から、細菌学の方面から、免疫学の方面から、環境遺伝学の方面から、、、でもそれらは単なる幻想を追いかけていただけなのかもしれない。私にそんな弱気な考えを思いつかせるくらい中井久夫の言葉は力を持っていた。

自分なりに歯科以外の世界にも足を踏み入れ、そちらからぺリオの世界を眺めればきっと違ったものが見えるはずだと信じ、開業医をしながら暗中模索を続けた。これが徒労に終わるのであれば、もう後輩に道を譲っていいんじゃないかと真剣に考えた。そんなテンション最低レベルのときに、あるライブに出かけた。あのビギン(Begin)のライブである。

ビールやワインを飲みながら聴けるので、いい気分で大盛り上がりになった。実際ライブは盛り上げるための仕掛けがいっぱいいっぱい用意されていた。そしてMCで彼らが“水”と称する透明の液体を飲みながら私たちに語り掛けた。

『僕たちはどんな音楽を作っていけばいいんでしょう?BB Kingもいなくなり、忌野清志郎さんもいなくなってしまいました。僕たちが目標とするようなアーティストがいなくなってしまい、僕たちはどんな音楽を作ればいいんでしょう?BB Kingも忌野清志郎もすばらしい曲を残してくれました。でも今の僕たちと違うのは、もう彼らは新しい曲を作れないということです。僕たちの出来ることは新しい曲を作り続けていくことなんだと思います。』

 ワインでかなり酔っていた私が一気に正気に戻った瞬間だった。同じレースを走っている後輩に道を譲ることなく、ましてやラビット役を申し出るなんてこともなく、自分のレースは最後まで自分で走り切らなければならない。ゴール前で力を抜くこともなく、胸を精一杯突き出してゴールする姿を後輩に見せることのほうがずっとずっと教育的だろう。ビギンの言葉で私のぺリオ探究は再スタートした。きっと以前よりパワーアップして。自分にとっても本当に“ビギン”の瞬間だった。

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